Yちゃん

小学生4年の時だったはず。

 

近くの温泉に浸かっていて、

とつぜん

SAY YESが頭から離れていないことを意識して、

家にかえりいとこにCDを借りたのがきっかけで、

僕はCHAGE&ASKAのファンだと自覚をした。

 

それから、CDを聴く毎日。。

 

GUYS

RED HILL

このアルバムで、僕は育ってきた。

 

初めてのライブは、真駒内アイスアリーナ

CONCERT TOUR'95~'96 SUPER BEST 3 MISSION IMPOSSIBLE

今でも、鮮明に覚えている。

 

感動して泣いた。

 

ASKAさんが、豊平川の花火のものまねをマイクでやっていた。

 

 

高校1年の時、はじめて一目惚れをした。

同じクラスのYちゃん。

 

話もしたことないが

なんか好きになってしまった。。

Yちゃんは、たいして可愛くはなかったけれど、

惹かれるものがあった。

 

僕らはまだ会話すらしたこなく、僕は女性が苦手だったせいもあり、

目も合わない、会話もしない状態が3カ月くらい続いた。

 

ある時、教室掃除のときに一緒になり

Yちゃんと友達が突然YAH YAH YAHを歌いだし・・

Yちゃんが『キャー!!やめてぇ!!-』と言い放った。。

 

そのやり取りと、姿をみて、Yちゃんがチャゲアス好きなんだと確信した。

 

勇気を振り絞り、『チャゲアス好きなの?』と聞いたら。

 

えー!Tくんも??

やったー!!!!

 

と言われ・・

 

その日は途中まで一緒に帰り、急速に仲良くなった記憶がある。

学校中探しても、CHAGEさんとASKAさんには申しわけないが

ファンは僕とYちゃんだけだった。。

 

 

あるクリスマス。

僕の家で、同級生を数人誘ってパーティーをした。

 

その時に、Yちゃんに告白すると決めていた。

 

当時、

CHAGE&ASKA 夜のヒットスタジオ

超X'masスペシャ

だったような。。

 

『晴天を誉めるなら夕暮れを待て』をASKAさんが歌い

 

Yちゃんが、あれ聴いたー?

僕 あー聴いたよ!

Yちゃん もう歌える?

僕 歌えるよ!

Yちゃん 聴かせて!!!!

 

とか話した記憶もあり

 

友人の後押しもありながら、告白は見事成功した。

 

 

年末をはさんで、年が明けて・・

 

何をしていいのかわからず。。

奥手な僕は、声を掛けれず。。

そのまんま、クラスも離れ、

結局遊ぶこともなく、

卒業まで話も出来ずに、自然消滅で別れた。

Yちゃんから見たら、きっと意味不明だったと思う。。

 

 

 

 

それから約18年の月日が流れて・・

 

 

 

 

当時はポケベルの時代だったが、

今はスマホでLINEの時代へ。

 

札幌を離れ、

紆余曲折がありながら、東京で暮らしてした僕に

地元の友人からのグループラインの招待が飛び込んできた。。

 

当時、責任者をしていた僕には時間が無かったため

スルーしていた。

 

が、しつこく来るので招待に入り込んだ。

 

 

見ると、アイコンにYちゃんらしき名前の子が・・・

名字は変わっていて・・

アイコンもお嬢さんの写真になっていた。

 

家にかえり、

直接LINEで『もしかしてYちゃん?』と聞いてみた。

 

『はい、そうでーす!』と返信が来た。

 

色々話をしていくとご結婚されて、家族3人で幸せに暮らしているということだった。。

 

住んでいるところが埼玉と聞いて、

マジで?ちかいじゃん!となり、

へんな間が空いたのちに、Yちゃんから

こんど飲みに行こう!と・・・

 

僕らは、2014/4/6に新宿駅で待ち合わせをした。

 

久しぶりだった。

 

お互いあまり、変わっていなかった。

 

選んだお店は、新宿3丁目にある

 

九州 熱中屋 新宿 LIVE

という、チャゲアス居酒屋。

 

店のメニューに曲の名前が入っているお店で、常にテレビには

チャゲアスのDVDが流れていた。

 

二人にとっては、いい再開の場になった。

 

Yちゃんとの話は弾んだ。

 

付き合ってきた、

 

僕、

次の彼氏、

今の旦那が

 

3人とも同じ誕生日、11月4日だったという奇跡を報告され、びっくりした。

 

高校の時になにも分からず惹かれていたときから、運命を少し感じていたとおりだ。

 

偶然にも、そんなことは起きないとFBを確認したけど

本当に同じ誕生日・・びっくりした。

 

 

帰り道・・・

 

『今の旦那とうまくいっていない、別れるつもり』

と聞かされた。

 

僕自身は3年くらい彼女も居なくて、1人だった。

 

 

 

翌月に、ASKAさんの報道が目に飛び込んできた。

僕らの再開とほぼ同時に、いままでメディアにあまり登場してこなかった

ASKAさんが僕らの前に。

 

違う形で飛び込んできた・・・。

 

 

 

タイミングが、おかしい。

 

 

 

 

人生は作られている道を走っているのかと思うくらいのタイミングで、

僕と、Yちゃんと、ASKAさんの年になった。

 

 

 

Yちゃんとは、その後・・

友人として会うようになった。

 

旦那さんのことやら、御嬢さんのことやら

地元の北海道のことやらを、

長い期間

ちょくちょく会い

相談しあった。

御嬢さんも連れて会ったりもした。

 

会っちゃいけないと思いながら、

ずっと会い続けた。

 

結果、旦那と離婚が成立。

 

色々なことがあり、色々なことを話し合い・・・

 

僕の母が倒れたことも重なり

Yちゃんとお嬢さんを連れて、

札幌に帰ってきた。

 

 

約2カ月という短い間だったけど

お譲ちゃんの都合で、僕らは離れることになった。

 

はやり、彼女にとって父親は大事で、

僕が、父親の代わりになるのは

気持ちだけではうまくいかなかった。

 

 

 

 

Yちゃんに

『晴天を誉めるなら夕暮れを待て』を

 

新宿のカラオケで18年越しに

Yちゃんの前で歌えた約束だけは

果せたのかもしれない。

 

 

 

命尽きるまで 愛しつづけたい
命尽きるまで すべての嘘を守りたい

 

 

この言葉だけを信じてきた。

 

 

 

かさぶただらけの心でいつも恋をしながら。